大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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眞悟が征く

平成14年1月10日掲載

平成十四年が始まった。これからも、当然、いろいろなことがあります。不況だ、倒産だと。しかし、それは承知の上で、心意気は高く、上を向いて、このかけがえのない人生の平成十四年という年を頑張りぬこうではありませんか。

さて、私は、昭和が終わって平成が始まってから既に十四年目を迎えていることに驚かざるをえません。なんとあわただしく時は流れるのかと。読者にも同じ思いの方がおられるでしょう。

この期間、昨今は「失われた十年」とか言われます。浮かれたバブル崩壊から阪神大震災やオウム真理教の地下鉄サリンテロという天変地異と騒乱の連続のなかでデフレがますます深まる不況の期間です。さらに、この失われた十年とは、政治のリーダーシップが見えかった十年でもあったのです。この間、政治は、呆然と事態に引きずられ、総理大臣はコロコロ変わりました。そして、都市には、ますますホームレスのテントが溢れ、十年前の犯罪検挙率は七割近くあったのに、いまや二割を割り込み、失業者数は史上最高を更新しつづけています。このままいけば、いつか破局を迎えます。

ところで、昭和が始まって十二年目には日華事変が勃発し、十四年目には既に泥沼でした。そして、二年後には破局の開戦前夜です。この間、関東大震災後の余燼の中で昭和初期の金融恐慌。そして満州事変、五・一五事件および昭和十一年の二・二六事件と不況と政界疑獄事件を背景に持った騒乱の連続でした。その間まさに現在と同様、アッと言う間なのです。昭和の始まりと平成の始まりの十年が似ているのです。

しかし戦後の教育は、この時代を異質な暗黒時代としか教えてきませんでした。だが政治にリーダーシップが欠如して事態に引きずられ路線転換不能という点では、異質ではなく同質です。むしろ、平成の我々の十年間のほうが、昭和の十年間の祖父母・父母の世代よりだらしがないのです。安楽に慣れすぎて政治にも国民にも危機感がないからです。そもそも、成り行きに引きずられている人間に、昭和の前半を悪く言う資格はありません。我々は、改めて先祖が苦闘した昭和の歴史の教訓に謙虚に心耳を開いて学び、本年を惰性からの脱却の元年にするべきではなのです。