大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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月曜評論 眞悟の憂国

平成15年6月号

五月二十七日は何の日か。海軍記念日である。では、陸軍記念日は。それは三月十日である。つまり、明治三十八年(西暦一九〇五年)五月二十七日、対馬沖の日本海において東郷平八郎司令長官率いる連合艦隊が、ロジェストヴェンスキー中将率いるロシアバルティック艦隊を打ち破り殲滅した。

それに先立つ同年三月十日には、満州奉天において日本陸軍はロシア陸軍を打ち破り、敵のクロパトキン大将は奉天から脱出した。「クロパトのねぐらを追って昼寝かな」(大山巌満州軍総司令官)である。

さて、何故これらの日が、「陸軍記念日」であり「海軍記念日」であるのか。それは、九十八年前のこの両日が、我が国の運命を決定したからである。これらの日が無ければ、我が国の独立は有り得なかった。我が国民は、帝政ロシアのツァー(皇帝)の「臣民」として生きねばならなかったのだ。それどころか、我等が二十世紀半ばに見たような欧米の植民地からのアジア・アフリカの開放もなかったであろう。

ところで、我等は、これらの記念日をいま覚えているのか。また、歴史教科書は、この記念日とその意味を小中学生に教えているのか。

全て否である。しかし、これは正常な民族の姿ではない。何故なら、祖国の運命を決した日を忘れるということは、歴史を喪失していることを意味するからである。歴史を喪失した民族は決して正常ではなく異常である。

しかしながら、考えてみれば、戦後日本が、陸海軍のこの苦難を克服した輝かしい記念日を覚えていても仕方がなかった。何故なら、その記念日を祝う資格がなかったからだ。そもそも、内閣総理大臣がその宣言した日に靖国神社に参拝できない国に陸海軍の記念日を祝う資格はない。さらに、近代日本の歴史を侵略の歴史と小中学校で教え続け、日露戦争の祖国防衛戦争としての意義を教えない社会が、陸海軍記念日を祝っても仕方がない。

そこで、我が民族を正常に戻すにはどうすればよいか。もう明らかであろう。「陸軍記念日」と「海軍記念日」を祝える国家にするのである。つまり、二年後の日露戦争勝利百周年までに、日露戦役において祖国日本の為に戦死した祖父に顔向けできる日本を取り戻すのだ。

即ち、我が国は北朝鮮に国民が拉致されることを断じて許さない国家であること。仮に拉致されておれば、実力で救出しうる国家であること。また我が国は、百年前がそうであった様に、国家を自力で守るという国民の覚悟を背景にして、その実力を保持していなければならない。従って、北朝鮮の核ミサイルによる恫喝に対して断じて屈服することのない体制を構築しておかねばならないのだ。さらに、国内において強盗団が大量破壊兵器を保有して治安に挑戦することを断じて許さないように、国際社会においてもテロリスト・テロ国家が、核・生物化学兵器を保有することを断じて許さず、その危険性を排除できる国家であること。

よって我が国は、これらのことを実現するために、不可侵の国家主権を確保しうる実力を持っていなければならない。この実力の主体は国民である。即ち国民は、国を守る義務を有し、この義務を具現化するために国民の軍隊を保持しなければならないのだ。

以上で、二年後に迫った日露戦勝百周年を祝える国家体制が整う。そして、肝心なのは、百年前の苦難を思い、天皇陛下が靖国神社にご親拝され、内閣総理大臣が、参拝することである。