大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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月曜評論 眞悟の憂国

平成13年11月号

乞食道の辺に多く、嘆き悲しむ声耳に満てり、とは鴨長明の「方丈記」にあった都の惨状である。源平争乱から鎌倉までは、まさに末世の騒擾である。だがその時期は、嘆き悲しむ声の中で、今に残る文化が産みだされ、法然、親鸞、一遍、道元、栄西また日蓮そして空也と、精神世界の巨人が現れた。また重源は、貧しい庶民にまでも勧進を呼びかけ東大寺南大門を建立し、其処に立つ金剛力士像は、三百年後に生まれたミケランジェロが跪く気迫に満ちている。遺言で、ミケランジェロの前に跪けと書いたロダンも、鎌倉の像は見ていない。見ておれば、自分が「地獄の門」に刻みつけた全ての造型が七百年前の日本にあることを認め、遺言を変えたはずだ。

そして現在、ホームレスというもの都会の道の辺に多く、声なき恨みと妬みの呻き耳に満ちている。その中で、全ては軽佻浮薄に流れ去っていく。拝金主義以外は、後に何も伝えるものがない。これが現在の世相である。まさに本当の末世ではないか。

中国には「宮」という刑罰がある。人から生きる気力を奪う、ある意味ではもっとも酷い刑罰である。しかし中国には、自ら宮と同じ処置を施し宦官となってただ権力欲と金銭欲だけを肥大化させるおぞましい官職もあった。してみれば、我が日本の現在の姿は、宮刑を施 されて、ただ金銭欲だけを肥大化させた宦官である。

では、宮を施される屈辱を、何時独立国たる我が政府が受容したのか。それは、前総理という肩書きで、今も時々会合するところを報道される連中が、次々と官房長官や総理大臣をしている時期である。あまり昔ではない。我が国の歴史教科書を、中国の検閲に委ねる旨の声明を発した官房長官の時。靖国神社の参拝を取りやめる声明を発した総理の時である。つまり、日中友好をスローガンとした対中援助が開始されてから、我が国政界首脳部は中国共産党に屈服していく。カネをもらう方が強くなり、カネを渡す方が屈服する。これは反対ではないか。しかしこの当然の疑問も、公金横領と賄賂は文化であるという彼の国の歴史を顧みれば氷解する。正体定かでない者にカネを渡す素人が、陥る罠である。

この罠が今白日の下に曝されかけてきた。これが小泉総理の最大の功績である。八月十五日に靖国神社に参拝するとあれほど言っていた我が国総理大臣は、自民党幹事長と前幹事長が北京詣でを繰り返す中で屈服した。そして、慚愧の念に耐えないという声明を発したのだ。我が国の歴史のなかでは、政治の最高責任者が、慚愧の念に耐えないと言うときは自ら責任をとって自決するときである。まさにその言葉を、小泉総理は使った。我が国の総理大臣は、慚愧の念に耐えない思いをして中国共産党に屈服しなければならないのだ。ここに落ち込ませた罠は、常識があれば分かる。相手の「文化」にやられたのだ。

文化といえば、「為さざる事なき」も彼の地の文化である。つまり、得になり快感があれば何でもするということだ。今、我が国への最大の密入国者を出している国はどこか。我が国内の外国人凶悪犯罪は何処の国の人間によって為されているか。我が国へ大量に持ち込まれる覚醒剤は何処の国の人間の懐を潤しているのか。

今改めて、西暦八百九十四年、唐末期の混乱に際し、遣唐使廃止・大陸との交流途絶という処置をなした菅原道真の決断を尊いと思う。

今も、大陸の政権末期である。