大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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月曜評論 眞悟の憂国

平成13年8月号

以前、今東光という和尚がいて、絵を描いたり小説を書いたり参議院議員になったりした。青年の頃の私は、生臭坊主と思っていたが、今に忘れ得ぬことをこの人から聞いた。

彼は、大正時代に二十歳で死んだ貧しい友人と絵を描いていた。そのことを回想して、「あいつの絵は今でも残り俺が死んでからも残る。しかし、俺の絵は既に残っていない。とすれば、あいつが死んでから六十年間、俺は何をしてきたのか分からなくなる」と言ったのだ。また、我が国が高度経済成長に浮かれているときに、「英霊の遺骨をアジア各地に放置して忘れ、金儲けに浮かれている国に未来はない」と言った。

著名人になり参議院議員になっても、大正の終わりに二十歳で死んだ画学生の残した作品を越えることができないという思いは、各人の人生に現世で与えられた時間とは別の次元でも人の精神は生きていることを示している。英国国教会の祈祷書に「生の直中において我らは死してあり、死の直中において我らは生きてあり」という一節があるが、まさに死の直中において彼の友人は彼にとっては生きていたのである。それ故、英霊を忘れて金儲けに浮かれる国に未来はないとの発言は、彼にとって現実の事実認定であり決して予言などではなかったのだ。何故なら、彼の人生それ自体が、栄達に現を抜かして友人の絵を忘れていたとしたら、生きるに値しないものと、彼には分かっていたからである。

さて、大東亜戦争で戦死した英霊はその死の直中において生きてあるのだと私は確信する。そのことを忘れた我が国は金儲けに浮かれ続けた。そして、今東光の事実認定は正しかったと思わざるを得ない。このままでは本当に未来は無い。何故なら、今まさに生きてある死者への畏敬の念と金儲けだけが人生ではないということを教えるのが教育の精華であり、未来を開く精神力もここに淵源するからだ。その証拠に、今の我が国の子供達の目は輝いているか。子供達の目から輝きを奪うという民族の将来にとっての大罪を戦後政治は犯し続けていたことになる。

八月十五日の靖国神社では、英霊とともに我らはある。時あたかも、小泉総理が靖国神社に参拝すると明言した後である。しかし、驚くべきことに与党は分裂状態で七月の参議院選挙をたたかったのである。実は靖国神社参拝と歴史教科書問題が、参議院選挙の最大の争点だったのだ。したがって、国家再生の起点に関する問題において分裂して選挙に臨んだ各党は、政党としての責務を果たしていなかったのだ。

これから、八月を経て九月に入り、戦後政治とその中で生息する各党の本質が白日の下に識別されてくるであろう。この現実が国民に見えて初めて国家再生のための国民の選挙の意義が生まれるのである。これを促しているのが靖国神社である。したがって、やはり死の直中において英霊は生きてあるのである。

この度の参議院選挙では、難破船から逃げ出したいネズミが救い出されて六年間の議員任期を与えられた。したがって、これから起こることに棄権した国民も投票した国民も文句は言えない。しかし、これからの事態を見定めたあとの国民に腹の底から精神の転機が起こるならば、今は国家再生の前夜となる。この意味で、靖国参拝を明言しながら、更に不況を深刻化させる経済政策を掲げた小泉総理は最大の国家功労者に成りうる。