大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

  • 西村眞悟 Facebook
  • 西村眞悟 twitter
  • 西村眞悟 RSS

月曜評論 眞悟の憂国

平成13年7月号

内閣総理大臣に、リーダーシップがない。それは議院内閣制が原因だ。従って、「首相公選制」がいい。この現在流布されている立論は、我が国の戦後政治の特殊性からきている。その特殊性とは何か。それは「軍事」に対する無関心という特殊性だ。

そもそもリーダーシップとは、軍事的領域において死活的に必要となる。この欠如が一国の運命を左右してきた。よって、国家の最高指導者にリーダーシップがなければ、国家の運命がどうなるか分からない。これが、国家運営の緊張感というものである。

しかるに、戦後の我が国は、軍事のことを無視して日常のルーティーンワークとしての行政しか考える必要がなかった。この特殊な空間の中では,内閣総理大臣のリーダーシップが国の運命を決定的瞬間において左右するという事態を想定しない。そして、国家運営から緊張感が失われ、ついにリーダーシップを意識しない総理大臣が続いた。阪神大震災の時の総理は、自分が国民救助の実力部隊の最高指揮官である自覚もなく、無為に数日を過ごした。これは、いわゆる排用性萎縮という症状である。つまり、筋肉は使わなければ萎縮するように、神経も使わなければ萎縮するのである。

さて、内閣総理大臣の地位にリーダーシップの緊張感を与える体制は如何にすべきであるか。総理大臣が自衛隊の最高指揮官であるという体制を自覚的に確立することである。航空自衛隊ファントム戦闘機の機関砲誤射事件に対して、他人事のような談話を発表している総理官邸ではダメなのだ。自らが最高指揮官である部隊に対して、他人事の対応はあり得ない。最高指揮官は、国防方針を確定して、部隊の訓練、練度および武器・装備の充実に責任を保つ地位である。しかし、今回も他人事の次元で処理しようとしていた。そして、結局現場の責任にして言い逃れるのである。

「国防省設置法」は、総理の最高指揮官としての地位を明確にしたうえで、その判断に軍事的整合性を確保するための補佐機関として統幕監部(参謀本部)を位置付け、指揮命令系統を確立するものでなければ意味はない。軍政と軍令の明確化である。現状の防衛庁設置法は、これを不明確にして行政官(内局つまり背広)が軍令領域まで十重二十重に防衛庁長官を取り囲んでいる。そして、昨年の市ヶ谷防衛庁新庁舎落成式においては最高指揮官たる総理大臣を「来賓」として「招待」している。こんな馬鹿なことがあるか。何故、最高指揮官が「来賓」なのか。「来賓」が「指揮」などできるか。

与党が、六月末の国会会期末に提出した「防衛省設置法案」は、何ら構造の変更をもたらさない法案であった。庁から省へレッテルが変わるだけだ。ただ総理府の内局であった防衛庁の事務次官が、省昇格によって各省の事務次官と同格になる。それだけのことだ。

真の国家と国民の将来を確保する方策は、「首相公選」ではない。総理を最高指揮官と位置付ける国防省の設置と自衛隊の国軍化だ。これで総理にはリーダーシップがなければ務まらない体制となる。